中津ビハーラの会第49回例会案内
広報が遅くなりましたが、本日1月21日午後4時より、いつものこうひいやにて例会を開催します。気軽にご参加ください。詳細は下記をご覧ください。
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12月17日(土)午後4時~6時まで、いつもの「こうひいや」にて、標記例会を開催します。お気軽に参加ください。詳細は下記の会のブログを参照ください。
http://www.nakatu-vihara.com/2011/12/41217-4-16001800-48.html
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日本人にとって臨終に間に合うか間に合わないかということは、重大な問題のようである。この問題について、医師も苦悩する。考えさせられる問題である。次のブログを見ていただきたい。
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この度、親鸞仏教センター発行『現代と親鸞』第23号に、文学論などから、教育論、宗教論などに論陣を張る著名な評論家芹沢俊介氏が「『観経』の世界・私論」と題する論文を寄稿した。『現代と親鸞』という雑誌は、主として真宗大谷派の僧侶向けに発行されている雑誌であり、さして読者が多いとは思えないが、寄稿というからには、真宗僧侶に物申したいという意図が感じられる。
読んでみると、従来の「王舎城の悲劇」観とはまったく異なる思い切った視点からこの問題を追求している。『観経』の世界というけれども、『涅槃経』や善導など多くの典拠に基づいて、論を展開しているのは評価される。
まず、韋提希と釈尊の関係について、芹沢は韋提希の「凡夫性」に注目、すべての悪を提婆達多に投射し、提婆達多さえいなければという、母親としての被害者感情を丸出しにしている。韋提希の反省を欠いた自己弁護に邁進する絶望的内的状況が、韋提希を釈尊に近づける要因となった。釈尊はそんな半狂乱状態にある韋提希に寄り添おうとした。阿闍世王と提婆達多の二人の存在が韋提希にとって厭離すべき現実の悪を象徴していること、そして、二人の存在に脅かされたゆえに韋提希は釈尊に接近した、と捉える。
次に、釈尊は、パトロンである頻婆娑羅王の前には姿を表さないのに、じきじき韋提希の前に姿を表している。それには韋提希に特別待遇が必要であると釈尊に判断させるだけの理由が彼女にあったということに注目する。では、いったい何が釈尊を動かしたのか。時の大権力者であった頻婆娑羅王の夫人を直指して「汝は是れ凡夫なり」とはなかなか言えない言葉である。しかし、釈尊は、韋提希のこの「凡夫性」に、放置しておくことのできない物を感じ取ったと推測する。
ここで、芹沢は、あらためて韋提希の「凡夫性」について深く追求していく。それは、子どものせいで不幸に陥った自分、惨めな自分、被害者である自分を強調する母の顔であり、母を放棄しようとする母の顔である。罪なき自分というあり方を貫きたいばかりに、子を捨てる母の顔がぴったり張り付いているという。
韋提希が釈尊に訴えた言葉はあまりに有名である(趣意)。①私に何の罪があって、阿闍世のような悪子が生まれたのでしょうか、また、②あなたもよりによって提婆達多という悪人と親戚関係があるなんて、どんな因縁があってのことでしょうか。これは驚くべき発言であり、韋提希以外に誰が、あの尊い釈尊に、このような言葉を向けることができただろうかと芹沢は言う。ここは韋提希による釈尊への問いかけの形式が取られているが、実際は反語的であり、「私はあんな悪子と親子になるような罪を過去に犯したでしょうか、否、犯していません。釈尊、あなたが提婆達多と眷属であることにあなたの責任がないのと同じように、私にも責任がありません」と言おうとしているのである。芹沢はさらに次のように言い直している。「私は理由もなく阿闍世という息子でつらい思いをし、釈尊、あなたもまた同様、提婆達多という従弟に理由もなく悩まされている、お互い身内では苦労しますわねえ。」と。釈尊を同等の場所に引き合いに出しつつ、自分を罪なき存在、責任なき存在、ただひたすら不遇を負うものとみなそうとしている。思わず露になった釈尊への韋提希の対等意識が興味深いと芹沢は言う。一番悪いのは提婆達多である。その提婆達多は釈尊、あなたの弟子であり、従弟である。だとすれば、一番悪いのは、釈尊あなたである。どうしてくれるのか、という韋提希の言い分だという読み方ができる。そして、「こうなったのは釈尊あなたのせいよ、何とかしてよ」泣き喚いて訴える韋提希の姿が見えるのである。
韋提希の意向は、提婆達多に責任を負わせ、自分はあくまで逃げきりたいと考えて、韋提希の中に引き裂かれた感情、引き裂かれた認識が生まれているということになる。このどうしようもない凡夫性に釈尊自らが立ち上がり、韋提希の前に姿を表して、憂いや悩みのない浄土を見せてくださることになるのである。
芹沢は最後に、頻婆娑羅は阿闍世に対してどんな仕打ちをしたのか、父を殺すほどの阿闍世の行為はどのようなものか、提婆達多とは誰か、どんな言葉で親殺しに至るほどの怒りを阿闍世の心に生み出すことができるのか。これらを知るためには、『観経』を離れ、『涅槃経』に赴かなければならない、という問題提議でこの論を終わっており、結論が出ていないのは残念であった。しかし、芹沢は、従来の王舎城の悲劇観に、新しい視点を与えてくれたといえるであろう。
詳細は下記へ
http://shinran-bc.higashihonganji.or.jp/publish/publish03.html
吉元信行
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最近、中島岳志『秋葉原事件 加藤智大の軌跡』(朝日新聞出版・2011)を読了した。著者は北海道大学公共政策大学院准教授であるが、大佛次郎文壇賞を受賞するなど幅広い様々な分野の著作で活躍中の気鋭の学者である。
もう3年前の2008年6月8日のことであったが、東京秋葉原で起きたあの大事件はまだ記憶に新しい。加藤は、交差点の赤信号を無視して、トラックで突っ込み、歩行者5人を跳ね飛ばし、トラックから降りた彼は、ダガーナイフで通行人を次々と刺した。死者7人、負傷者10人。我が国犯罪史上類例のない凶悪犯罪と言われる無差別通り魔事件であった。
ただ、こんな凶悪事件にもかかわらず、彼を凶悪人間とする非難が思いの外少ないのはどうしたことであろうか。むしろ、マスコミの報道の溢れかえる中で、事件直後から、加藤の掲示板の書き込みはネットに広がり、各メディアも掲示板の内容を報道した。それらの拡散につれて、加藤に対する共感も広がった。加藤に対する深い部分での共振も拡大したのである。ここが他の凶悪事件と大きく異なる点であると思う。いったい何故であろうか。
中島氏は、この原稿を早くから用意していたが、2011年1月からの東京地裁での裁判での加藤の発言を待ってから、この本を上梓したという。中島氏は、本の中でこの凶悪犯を一度も非難していないし、悪人とも言っていない。むしろ犯人に寄り添う形で本書を執筆している。彼の立場に立って、この事件の謎を解こうとしているのである。
「なぜ友達がいるのに、孤独だったのか?」これが第一の謎である。さらに次のように謎を深めていく。
加藤のような青年に対して、過剰に鞭打つように「自己責任」を強いている社会とは何なのか。そして、加藤への共感を示す若者が多数存在する社会とは何なのか。何故、加藤へのシンパシーは消えないのか。何故無差別殺傷事件は連鎖するのか。なぜ、彼らが殺傷の対象とするのは「特定の個人」ではなく「不特定の誰か」なのか。なぜ、「誰でもよかった」のか。事件は加藤だけの問題なのか。彼のパーソナリティにすべてを還元できるのか。
もちろんこれらの謎は完全には解明されてはいない。しかし、彼の幼い頃からの家庭生活やその生い立ちの取材、友人や先生などへのインタビュー、事件までの彼の行動の調査などによって、かなりの謎解きは成功している。虐待とも見紛う母親の躾教育、父親の無関心、両親の離婚という家庭内不和、中学までの優等生から三流短大への没落、仕事を転々として、最後には派遣社員となったこと。いい先輩や友人に恵まれたこともあったのに、その後の人間不信と生きがいの見出せない孤独化。それらよりもっと大事な事は、子供の頃からのゲーム、その後のインターネット依存への移行。彼はネットの上だけしか唯一の自分の存在の確認ができない状態になっていく。そのネット上でも見放されて孤独化していく。このことと、派遣会社で自分の栂着のないことで会社からも無視されたと誤解して、結局ぶち切れることになるのである。この事件の直接の原因として著者が注目しているのは、ネット上で自分のなりすましに悩まされ、最後には誰からも相手にされなくなったことと、派遣会社での栂着の紛失による誤解が事件の引き金になったということである。
この事件の特色として、著者は特に触れていないが、筆者は事件の1ヶ月前ぐらいからの本人による三千回にも及ぶ掲示板への書き込みが重要であると思う。これらの書き込みを見ていくと、少なくとも一ヶ月前くらいから、事件に関連できるような書き込みが見られるのである。従来、重要な凶悪事件が数多くあるが、事件に至るまでの犯人の心の変化をこれほど克明に記録した事件は他にないであろう。これだけ大量の書き込みをウソで固めることは難しい。読んでみると、正直な本人の心の叫びが随所に書きこまれている。事件解明の大切な資料になることは明らかである。彼に共感する人が多いのも、このことがあるからではなかろうか。
著者は最後に次のように結んでいる。
私は可能な限り、加藤の見た風景の中を歩いた。できる限り彼を直接知る人と会い、話を聞いた。裁判も傍聴し、彼の言葉に耳を傾けた。そして、何とか彼の人生の輪郭と苦悩を描いてみた。本書が成功しているかどうかは、読者の判断にゆだねたい。少しでも何かを見つめ直すきっかけとなったとすれば、望外の喜びである。
著者は最後まで、加藤に寄り添う形で、客観的に本書を書いていった。被害者には気の毒かもしれないが(被害者の手紙も引用してある)、このような凶悪な犯罪をなくすには、犯罪者にこのようなアプローチも必要ではないかと思う。裁判での加藤被告の最後の証言は次のようであったという。「今は事件を起こすべきでなかったと後悔し、反省しています。遺族と被害者の方には申し訳なく思っています。以上です。」党利一辺倒の建前のことばで、彼の本音は語られていない。加藤は法廷を建前の関係だと思い、ここに本音の関係はないと思っているようだ。彼が作り上げた社会に対する岩盤は固い。今後さらに裁判は続くであろうが、一日でも早く、加藤本人の本音の証言を期待したい。そのことがこのような凶悪犯罪をなくす一機会となると思うからである。
最後に、本書は、読んで、人間とは何かを考えさせてくれ、深い余韻を残してくれる良書であることを申し沿え、ひとりでも多くの人に読んでいただきたい。
吉元信行
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恒例の中津ビハーラの会の第47回例会を開催します。
11月26日(土)午後4時~6時まで、いつもの「こうひいや」 にて。
初めての方も気軽にご参加ください。
詳細は回忌ブログを参照ください。
http://www.nakatu-vihara.com/2011/11/41126-47-16001800-47.html
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今日(11月10日)の『朝日新聞』天声人語は、今東京で開催中の『法然親鸞展 ゆかりの名宝』がテーマになっている。鎌倉浄土教の特質を述べたあと、知恩院蔵『阿弥陀二十五菩薩来迎図」に注目する。「死期迫る人を阿弥陀如来が迎えにくる様を描く。左上から右下へ、雲に乗り、山肌を駆け下りる阿弥陀たちのスピード感。見るものは救われたに違いない」と。この救いというところで、編集子は「どういう縁なのか、救いが必要な年に重なった」と、「未曽有の天災と人災に襲われ、明日を描けず、もがく人々がいる」と、東北大震災に想いを馳せる。そして、「全てを救おうという思想は色あせない」という。最後に、「親鸞のきちょうめんな直筆を追い、歎異抄の墨跡や阿弥陀像に向き合っていると、心がすっと軽くなった」と結んでいる。
筆者も、5月にこの展示を京都の美術館で鑑賞した。法然と親鸞に関する国宝・重要文化財をこれほど完璧に揃えた展示は前代未聞である。メモや訂正の入った直筆は彼らの凄まじい勉学の様を忍ばせてくれる。それまでは狭き門であった極楽浄土への道を開き、彼らは現世で苦しみ、往生もかなわぬ民衆に光明を与えた。その思想の展開をこの展示で直に見てほしい。
折しも、今日の朝日新聞の題字下の広告欄、一番広告料の高いところと聞くが、なんとカラーでこの展示の広告が。主催の朝日新聞の肝いりサービスか、それとも展示会が出したのか。それほど値打ちのある展示会であることを申し添えたい。
天声人語→ http://www.asahi.com/paper/column20111110.html?ref=any
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仏教と現代 仏教の言葉に触れて見ませんか
仏教公開講座 吉元信行(大谷大学名誉教授・真宗大谷派大日寺住職)
「老を活きる」
10月31日(月)午後7時から9時まで、香春町町民センター(福岡県田川郡香春町)
参加費 500円
主催 真宗大谷派 田川組
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10月29日(土)午後4時から標記例会を開催しますので、お気軽に参加ください。詳細は下記ホームページをご覧ください。
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私が大学で26年前、初めて1回生クラス担任をした時のクラスの同期会が先般催された。担任であった私にもぜひ出席してくれとの依頼であったが、大分・京都の遠距離で出席することが出来なかった。今日、そのときの幹事から集合写真をつけて、そのときの報告の手紙が来た。26年前だから、もう「おっさん・おばさん」の姿で面影は思い出すが、だれが誰だかサッパリわからないが、懐かしさだけがこみ上げてくる。幹事の文面を一部引用する。
5月に同期の友人が急逝し、同じクラスだったみんなに会いたくなったのが、今回の同窓会を開くきっかけになりました。(中略)26年ぶりに会う人がほとんどでした。でも、不思議なものですね。顔を見た瞬間、当時のニックネームが飛び出し、時間は過去へとタイムスリップ。6時半に始まった宴会は11時まで、同じ一軒のお店のまま盛り上がってしまいました。なんとお店に迷惑をかけたことか。募る話は膨らむばかり。名残惜しい会は次回の幹事を決めて終宴となりました。同封しました写真に見覚えある顔はありましたでしょうか? 是非次回はお越しください。
大谷大学は昔から1~2回生はクラス制で、週に数時間は同じメンバーのクラスになる。接した時間も長いし、4回生だと、留年したりしてなかなかまとまらない。やはり1回生のクラスが一番実りある会になる。
実は私たちも、52年前の1回生フランス語クラスの同期会を毎年回り持ちで行っている。昨年までは90歳になる当時の担任でフランス語教師であった名誉教授の先生も毎回顔を出してくださった。今年は能登の穴水、昨年は琵琶湖、その前は蒲郡、越前、大阪、岐阜、京都・・・・・・と長年続いている。大学1回生のクラスというのはほんとうに気の許せるメンバーばかりで、これほど楽しい会はない。ただ、この歳になると、結果的に毎年一人づつメンバーが逝去して減っていくのはなんとも寂しい限りである。お互いに病気持ちであるが、病気と付き合いながら、来年も会おうねと誓い合って、次の幹事を決めて別れたことである。
私のクラスの会も、また我々の会も、大学1回生の時のクラスという共通のところでそれぞれ有意義な会となっている。
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