中津ビハーラの会第124回例会案内

4月28日(土)午後4時より、いつもの「こーひーや」にて開催します。
皆さん、奮ってご参加ください。

清廉な祈りの姿は、彼我の隔てを超えて伝わって来る思いがした。
中津ビハーラの会第124回例会案内です。

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中津ビハーラの会第123回例会要旨報告

3月24日(土)、午後4時より6時過ぎまで、中津ビハーラの会第123回例会を開催しました。
1.会員の集まるまで、テキスト輪読、第3章4「「いのちの教育」の必要を生んだ「教育」」(pp.107-109)。
2.平成29年度がんプロフェショナル養成基準基盤プラン教育セミナー参加報告。2018年3月10日(土)於中津市民病院。患者の人生を支えるサポートのいまと課題、講演:「スピリチュアルな問に対する支援のいまと課題」、講師、加藤理人(社会福祉法人聖嬰会イエズスの聖心病院パストラケア部地域連携室臨床カウンセラー)、内容:①スピリチュアルとは、②スピリチュアルな問とは、③スピリチュアルな支援、活動、④今後の課題、⑤セラピスト養成。
3.上記についての出席者の解説と論議。
4.臨床宗教師の位置づけについて、どこが主催するのか、病院での点数化は不可能か?文科省と厚労省の狭間。
5.スピリチュアルはキリスト教では分かりやすいが、佛教ではどうなるか?「霊性」?
6.臨床宗教師の役割。
7.中津市民病院に緩和ケア病棟が出来た。そこへのアプローチをどうするか。
8.以前胃腸病院にアプローチをしたが、その後ナシのつぶてである。
9.孤独死と独り死。
10.佛教における中陰の意味、グリーフケアに関わる。
11.あるメンバーの実兄の死を巡る事例報告と意見交換。
12.死後の問題。
13.生きることと死ぬことは同じである。
14,以下、議論百出につき、省略。
※ 次回:4月28日(土)予定。


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[徘徊」と呼ばないで

今日(3月25日)の朝日新聞トップの言葉、「本人要望自治体見直しも」と続く。認知症の人が、独りで外出したり、道に迷ったりすることを[徘徊]と呼んできたが、本人たちの要望で、この言葉を使わない動きが広がってきたと言う。本人は目的があって出かけたのであって、たまたま帰り道に迷っただけであると言う。ある自治体では、「いいあるき」と表現しているらしいが、肝心の朝日新聞の意見はどこにも出てこない。
たまたま、偶然であろうが、今日の鷲田清一先生の「折々のことば」次のような引用がある。「その年齢を越えてしまったら、今度は逆に体自身が行動を始めるようになる」(横尾忠則)と。「脳の支配から離れること(中略)それをこそ成熟というのか」とある。徘徊している人は、「目的もなくウロウロ歩きまわっている」のではなく、目的や意志が働いて出かけているのである。では、「徘徊」に代わる言葉は何か、朝日新聞に聞いてみたい。

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中津ビハーラの会第123回例会案内

宵風情 われかれもなし 春彼岸

誰彼も「ほう」と見やる夕刻風情、掛け値なく目に染みて掛け替えなき身を照らし出す。

中津ビハーラの会第123回例会案内です。


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甲斐 之彦 九拝

深刻な内容ですが、会は極めて気軽で和やかに行われています。
遠方からの参加者もいます、近くの方、覗いてみてください。
吉元 信行

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中津ビハーラの会第122回例会要旨報告

中津ビハーラの会第122回例会を、2月17日、午後4時より6時過ぎまで、こうひいやにて、開催しました。到底纏めきれませんが、主要なポイントのみ報告申し上げます。
1.輪読:「ビハーラ」の提唱と展開、第3章第4節の3,「いのち教育」と大地を踏みしめていた「いのち」(pp.105-107)
2.尊厳死と安楽死についての様々な議論。
3.自殺について:キリスト教は自殺を認めないが、釈尊は、場合によっては容認した。
4.ヨーロッパでは、安楽死を認める国があるが、日本では禁止である。しかし、日本でも、安楽死と尊厳死の間で、どこで線を引くか、医師の方でも困惑している。
5.有る医師は、死ぬならガンで死にたいと言っている人がいる。それは、死が予見できるからである。
6.ガンと認知症の問題。
7.インフォームド・コンセントの問題。
8.ネグレクトの問題点。
9.ミャンマーでのある僧侶の公開路上荼毘の事例。
10.インドでのヴァーラーナスィーやネパールでの荼毘の事例。
11.家族間での介護の問題点。
12.その他色々。今回は特に、「尊厳」という言葉について、医師のメンバーを中心に、様々な議論がなされました。
※ 次回:3月24日予定。

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中津ビハーラの会第122回例会案内

「蝋梅の 灯るが如き 手向け日や」
凍える御堂に慎ましく集う涅槃会。老若の信心を映して灯る様な花姿を見る。

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中津ビハーラの会第122回例会案内です。

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中津ビハーラの会第121回例会要旨報告

1月20日(土)午後4時より6時過ぎまで、こうひいやにて、中津ビハーラの会第121回例会を開催しました。
1.回覧:尊厳死について、オランダ、「死も自ら選べるか」、フィンランド「孤独は孤立ではない」朝日新聞別巻、2018 January Globe より。
2.配布:インタビュー、坂東元さん「人間のエゴ」後編、東本願寺発行『同朋新聞』1月号。
3.平均寿命について、過去と現在。抗生物質の力で、現在は平均寿命が非常の高くなっている。
4.いかに美しく死ねるか。
5.禅の瞑想と断食の体験談。飢餓の問題。断食や飢餓の後、急にごちそうを食べたら、死に至ることがある。要注意。
6.ガンに対する抗癌剤の問題点。
7.抗がん剤の使用で高額の治療費が必要の場合、保険の高額治療費請求が可能である。
8.100歳まで生きていても、大事なことの第一は「外見」である。
9.とらわれている自分を脱するには。
10.エゴについて。
11.尊厳死について、長時間議論が展開した。詳細はコメントにメンバーの一人が報告することになっている。
12.認知症の母を20年間介護した体験談。
13.以下、様々な議論が作されましたが、報告者は纏めきれません。
※ 2月予定:2月17日(土)午後4時より。

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中津ビハーラの会第121回例会案内

中津ビハーラの会例会案内です。下記は世話人甲斐 之彦さんの文章です。
気軽にご参加ください。
世話人:吉元信行

山茶花や 問わず語りに ほころびて」
わたくし無き姿は心穏やかにしてくれます。
この一年、四海平涛を祈るばかりです。

中津ビハーラの会第121回例会案内です。
宜しくお願いします。
甲斐 之彦 九拝
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中津ビハーラの会第120回例会要旨報告

12月23日、午後4時より、こうひいやにて、中津ビハーラの会第120回(10年目)の例会を開催しました。ささやかながらよく続いたものと思います。
今回は定例メンバーも2名欠席だけで、大勢となり、さらに、新しいメンバーが加わり、盛会でした。それだけに話題も多く、多岐にわたりましたので、記録しきれず、大まかな報告となります。
1.新メンバーを始め、全員の自己紹介。その途中でも話題が出ました。
2.中近東・西洋の死について(同じ人種が殺し合う悲惨な現実)、その点、日本は幸せである。
3.葬儀社と僧侶の関係について。
4.ナンバーミング、すばらしい。(記録者は理解できませんでした)。
5.死ぬ場合はすごく厳粛である。
6.人を看おくるとき、反省点がいくつもある。
7.あるがん患者の事例、すべての人が納得することができない。
8.医師、看護師、、僧侶、みんなが患者の死を縁としてそれぞれ育てられている。
7.あるメンバーの、がん末期にある母親の自宅看護の事例。
8.ビハーラ(特に在宅医療)の考え方を早く浸透させたい。
9.日本では宗教者が死後に、西洋では死の直前に重点を置く考え方がある。
10.病院では、家族・友人の面会のあり方に問題がある。許可されないことが多い。
11.セルフネグレクトについて。
12.その他たくさんの意見が出ましたが、書ききれません。メンバーにコメントで補遺をお願いします。。
※ 次回、1月20日(土)、午後4時からの予定。

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中津ビハーラの会第120回例会案内

「円なる 月は変わらじ 成道会」
「臘月」なるも昇る月は2500年前から変わらない。
○○ファーストと得て勝手に捻れ絡まる娑婆の上に架かる。

中津ビハーラの会第120回例会案内です。よろしくお願い致します。

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甲斐 之彦 九拝

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