中津ビハーラの会第126回例会案内

中津ビハーラの会例会案内です。
宜しくお願い致します。

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甲斐 之彦 九拝
Kai Shigen
誰にでもいずれ訪れる老病死の問題、これから真剣に議論してみませんか。気楽な円卓会議です、
遠方からの参加者もいます。一度覗いてみてください。
世話人代表 吉元 信行
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中津ビハーラの会第125回例会要旨報告

大変遅くなりましたが、5月26日に行われた中津ビハーラの会第125回例会の要旨を概略として報告します。
1.前回報告した、『仏教看護・ビハーラ』第12号のシンポジュームの内容が良かったことの報告。
2.唯識について、養老先生の『唯脳論』との関係。
3.彼岸寺について、各宗共通。
4.ターミナル従事者の教育の問題。臨床宗教師でなくても可能。
5.不安、傾聴。
6.最近、長岡西病院のビハーラ病棟のビハーラ僧が大学教員に栄転し不在になったので、新潟県仏教者ビハーラの会のメンバーが交代制でビハーラ僧を勤めるようになった。その順番制の問題。ビハーラ僧が多数変わるのがいいのか、専任の問題。
7.各病院でメディカルソーシャルワーカーはいるが、臨床宗教師にはなれない。
8.臨床仏教師養成の道場を作ってはどうか。
9.死相について。
10.その他色々ありましたが、省略します。
※ 次回予定:6月23日(土)午後4時より、こうひいやにて。

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中津ビハーラの会第125回例会案内

5月26日(土)午後4時より、こうひいやにて、中津ビハーラの会例会を開催します。
お気軽のご参加ください。
https://www.facebook.com/nakatuvihara/posts/2522759461282936?hc_location=ufi

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著書紹介(ビハーラ関係)

著書紹介:大井玄著『老年という海をゆく』――看取り医の回想とこれから――、認知症は病気ではなく、老耄の現れ。老耄はおだやかに死ぬための自然の恵み。人間の生老病死を見つめてきた看取り医による、超高齢社会へ向けての人生賛歌。(中津ビハーラの会例会より)

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中津ビハーラの会第124回例会要旨報告

4月28日(土)午後4時より6時過ぎまで、中津ビハーラの会第124回例会を開催しました。
1.紹介(1):佛教看護ビハーラ第12号のシンポジウム報告。佛教を背景とした看護――ビハーラ提唱30周年にあたって――コメンテイター:鍋島龍大教授、シンポジスト:介護士、医師、ビハーラ僧、遺族代表。
2.紹介(2):大井玄『老年という海を行く――看取り医の回想とこれから――』(みみず書房)著者は東大医学部教授を経て、さまざまな要職をこなし、ターミナルケアの権威。83歳で尚、看取り医として活躍中。ご自分の老耄の経験を通して、認知症の現場を回想する。著者は、アルツハイマーは病気ではなく、老耄の現れであると説く。
3.民族の差別の諸問題:中近東、ヨーロッパ、東南アジアの違い。
4.ユダヤ教とユダヤ人の世界における現状。
5.宗教と布教の問題、キリスト教、イスラム教、佛教の場合。
6.ビハーラを広めるにはどうするか。ビハーラの会に一元的に参加して、あとは来ない人がいるが、ビハーラの会そのものに問題があるのか。なにか方策はないか。
7.ビハーラの会のあり方、学習の場がほしいと思ってやって来たが、そうではなく、問をいただくところであった。
8.家族間でビハーラは可能か。
9.月参りのある寺では、ビハーラ活動が可能である。
10.医師と家族の関係。
11.胃ろうの問題、認知症の患者に胃ろうをすることの問題点。
12.ある外国人患者の事例報告。
13.外国人介護士の問題点。
14.以下いろいろな議論あり。
※ 次回予定:5月26日(土)、今のうちから予定して、多数の参加を期待します。

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中津ビハーラの会第124回例会案内

4月28日(土)午後4時より、いつもの「こーひーや」にて開催します。
皆さん、奮ってご参加ください。

清廉な祈りの姿は、彼我の隔てを超えて伝わって来る思いがした。
中津ビハーラの会第124回例会案内です。

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中津ビハーラの会第123回例会要旨報告

3月24日(土)、午後4時より6時過ぎまで、中津ビハーラの会第123回例会を開催しました。
1.会員の集まるまで、テキスト輪読、第3章4「「いのちの教育」の必要を生んだ「教育」」(pp.107-109)。
2.平成29年度がんプロフェショナル養成基準基盤プラン教育セミナー参加報告。2018年3月10日(土)於中津市民病院。患者の人生を支えるサポートのいまと課題、講演:「スピリチュアルな問に対する支援のいまと課題」、講師、加藤理人(社会福祉法人聖嬰会イエズスの聖心病院パストラケア部地域連携室臨床カウンセラー)、内容:①スピリチュアルとは、②スピリチュアルな問とは、③スピリチュアルな支援、活動、④今後の課題、⑤セラピスト養成。
3.上記についての出席者の解説と論議。
4.臨床宗教師の位置づけについて、どこが主催するのか、病院での点数化は不可能か?文科省と厚労省の狭間。
5.スピリチュアルはキリスト教では分かりやすいが、佛教ではどうなるか?「霊性」?
6.臨床宗教師の役割。
7.中津市民病院に緩和ケア病棟が出来た。そこへのアプローチをどうするか。
8.以前胃腸病院にアプローチをしたが、その後ナシのつぶてである。
9.孤独死と独り死。
10.佛教における中陰の意味、グリーフケアに関わる。
11.あるメンバーの実兄の死を巡る事例報告と意見交換。
12.死後の問題。
13.生きることと死ぬことは同じである。
14,以下、議論百出につき、省略。
※ 次回:4月28日(土)予定。


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[徘徊」と呼ばないで

今日(3月25日)の朝日新聞トップの言葉、「本人要望自治体見直しも」と続く。認知症の人が、独りで外出したり、道に迷ったりすることを[徘徊]と呼んできたが、本人たちの要望で、この言葉を使わない動きが広がってきたと言う。本人は目的があって出かけたのであって、たまたま帰り道に迷っただけであると言う。ある自治体では、「いいあるき」と表現しているらしいが、肝心の朝日新聞の意見はどこにも出てこない。
たまたま、偶然であろうが、今日の鷲田清一先生の「折々のことば」次のような引用がある。「その年齢を越えてしまったら、今度は逆に体自身が行動を始めるようになる」(横尾忠則)と。「脳の支配から離れること(中略)それをこそ成熟というのか」とある。徘徊している人は、「目的もなくウロウロ歩きまわっている」のではなく、目的や意志が働いて出かけているのである。では、「徘徊」に代わる言葉は何か、朝日新聞に聞いてみたい。

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中津ビハーラの会第123回例会案内

宵風情 われかれもなし 春彼岸

誰彼も「ほう」と見やる夕刻風情、掛け値なく目に染みて掛け替えなき身を照らし出す。

中津ビハーラの会第123回例会案内です。


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甲斐 之彦 九拝

深刻な内容ですが、会は極めて気軽で和やかに行われています。
遠方からの参加者もいます、近くの方、覗いてみてください。
吉元 信行

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中津ビハーラの会第122回例会要旨報告

中津ビハーラの会第122回例会を、2月17日、午後4時より6時過ぎまで、こうひいやにて、開催しました。到底纏めきれませんが、主要なポイントのみ報告申し上げます。
1.輪読:「ビハーラ」の提唱と展開、第3章第4節の3,「いのち教育」と大地を踏みしめていた「いのち」(pp.105-107)
2.尊厳死と安楽死についての様々な議論。
3.自殺について:キリスト教は自殺を認めないが、釈尊は、場合によっては容認した。
4.ヨーロッパでは、安楽死を認める国があるが、日本では禁止である。しかし、日本でも、安楽死と尊厳死の間で、どこで線を引くか、医師の方でも困惑している。
5.有る医師は、死ぬならガンで死にたいと言っている人がいる。それは、死が予見できるからである。
6.ガンと認知症の問題。
7.インフォームド・コンセントの問題。
8.ネグレクトの問題点。
9.ミャンマーでのある僧侶の公開路上荼毘の事例。
10.インドでのヴァーラーナスィーやネパールでの荼毘の事例。
11.家族間での介護の問題点。
12.その他色々。今回は特に、「尊厳」という言葉について、医師のメンバーを中心に、様々な議論がなされました。
※ 次回:3月24日予定。

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